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before sleep, until awake

「存在したかもしれない過去」

今となっちゃ存在したかもしれない過去、というのは、今にも過去にも確実に存在する。その時その時の選択というのは残念ながら1つに限られている時があり、例えばわかりやすくは今朝着ようと迷って着なかった服は確実に今も部屋に転がりそのことを覚えているし、あっちの服を選んでいればもう少し外目に大人びたキャラだったかな、ということを含めれば随分引きずって多通りの一日、それどころか人生があるかもしれない。それは選ばなかったとしても確実にあり、それを認識し踏みつけてなんとなくのリアルを一応全うしてみる。

それとは話が変わるが、さっきのドーナツの話でベースの棒状空間を作ってみようとしたとき―プログラムを決め、一応家具を置くことや素材を決めること等してみるのだけれど、なかなか決まらないということがある。例えばSANAA等の建築を見ていると、これってこうでも良かったんじゃ、こうでもありだったんじゃ、と、ぼーっと感じる時があるが(それはランダムであるかとは別)、そう感じる存在したかもしれない構成/空間と重ねながら体験していく、ということは私はある。

なかなか決まらぬ棒状空間を、じゃあこれもありだけどこれでいいかな、と決めてみて、それをリングにしようとだんだんと曲げて行ったとき、「存在したかもしれない空間」が垣間見れることがある。少し曲がるたびに(でも本質的には棒状のままなのだけれど)こうでも良かった微妙な位置に、家具がそそくさ移動させたくなる感じになる。そこでまっすぐに戻してあげてもいいのだけれど、引き続き曲げていくと、反対側の端―つまりリングのつなぎ目にたどり着く。棒状の空間にはしっぽも先も、過去も今もないのだけれど、このつなぎ目に見える他とは異質なリングの内外のなさ、つながったその場所の違和感は、単なる海面とはまた違う。ぐるっと一周して帰ってきた自分自身/空間自身と振り出しとの間に生じるずれみたいなものがある気もするし、しかし元々同質であるものゆえに、えいっと簡単にくっつけてしまえるような気もする。